|
「手押しポンプで井戸水を汲む音」
ここからはRBC渉外担当の手記より抜粋することにしよう。
『(前略)そうこうする内に町工場跡地での収録も終了する。さて、今回の新作には、「手押しポンプで井戸水を汲む音」というのがあり、これをなんとか生録したいと考え、近郷近在で井戸がある場所を検索し、2箇所ばかり候補を探し出し、行くことにする。
移動は、筆者の軽自動車、通称「風雲再起」にて行う。地図もカーナビも無く、勘頼みの3人の男の都内徘徊がこうして始まった。』
|
|
『まず1箇所目は港区の三田台公園。なぜか縄文人住居の模型のある公園。ここは勘頼みの割にはすぐに見つかった。しかし、肝心のポンプは固定され、柄の棒も外された状態であった。収録できず藪蚊も多いので早々に退散する。』
|
|
『次の目的地は世田谷区三宿1丁目にある三宿えのき公園。三宿界隈には特に難なくたどり着いたものの、その先が分からない。路傍の住居案内図を頼りに三宿1丁目を迷走すること数度。一方通行の罠にはまる事数知れず。某国営放送の番組で言っていた「迷宮 世田谷」を実感する。最終的に「ここは通り抜けできるのか?」というような細い道に入り、黒猫大和宅配車が通るのを確認すると、その先に細い路地にへばりつくようにある三宿えのき公園を発見する。』
|
|
『確かにここには井戸があり、手押しのポンプも存在した。しかし、非常に新しいポンプで、押してもまったく音がしない。ここでも収録の野望は崩れ去り、退散する。』
・・・こうして脆くも崩れ去った男達の野望であったが、この手記には後日談がある。
|
|
『7月某々日
本日は新作の台詞収録。初めてのスタジオではあるが、つつがなく終了する。公共施設のスタジオであり、廊下壁面には、同じく公共施設の案内ポスターが貼られている。その中の一枚に、RBC代表の目が止まった。 「昔の道具を使ってみよう、実体験コーナー 蚊帳 井戸水ポンプ、天秤棒、石臼 区立郷土博物館」 これは行かねばなるまい。先日井戸ポンプの収録に敗れた雪辱を晴らすべく、収録後、区立郷土博物館へ向かう。
到着したのは閉館30分前、館内にはRBC面々以外の客はほとんどおらず、目的の体験コーナーへ向かう。そこにはまさしくイメージ通りの井戸の手押しポンプがありました。水もあり稼動状態。しかも雑音の少ない室内に。早速収録。非常に良い音が録れました。
しかし、ここの実体験コーナーには、まだ他に面白いものがあったので、使用予定は無いが収録することにする。まず石臼で米を粉にする音。この収録をしているとさすがに閉館直前のため、学芸員の皆様が我々の所へやってきた。こちらは明らかに他の客とは違う不審な行動(収録)をしているので、音響劇の効果音を収録中と説明すると、今度は聞かせて欲しいとおっしゃるので、先ほど収録したばかりの手押しポンプから井戸水が迸る音をヘッドフォンで聞いていただく。すると「すごい、頭に水が流れているみたい」等、非常に気に入っていただいた。
さらに、「こっちの石臼の方が重い音がするんですよ」・・・収録する。その上「木の枡でお米を計る音なんてどうですか」・・・3合計る音を収録する。とこのように学芸員さんご推薦が出るので、その音も収録した。さらに「次回の企画展の時に音を使った手法について相談させてください」と図らずも名刺交換することになった。
とにもかくにも井戸水の音の収録はこうして無事終了した。』
なお、RBC渉外担当は、その手記をこう結んでいる。
『こうやって書いてみると、所帯持ちの30過ぎの男が3人も揃ってやることでもないような気がします。』
|